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理美容の現場にはお客様とその生活があり、プロがいて、人間関係や土地があるー人間や動物が生きているからこそ、その一つひとつがちょっと厄介で愛おしく、つながっている。
これは、理美容のプロたちを囲む「切れない」世界のもうひとつの物語。
あなたにも連なる、切れないはさみの物語。
賑やかな1丁目から1本入った「2丁目」にあるヘアサロン。
読み方は「カティ」。看板を指さされて笑われることがあるが、店の誰もがその理由に気づいていない。
オーナーのマイと従業員3名、猫スタッフの「きぬ」が働いている。「オーダーは断らない」「『あなたは既に美しい』を伝える」が店の売り。
CUTTYのオーナー。新卒以来ずっと美容師。
13年前にCUTTYをオープンし、紆余曲折あったがなぜか至る所から助け舟が出るタイプ。
口癖は「なんとかなるでしょ」。天真爛漫で、大きなトラブルが起こっても動じない。「カットは素早く立体的に」が信条。
得意なメニューはシャンプーとゲーム。
理容師資格があるが、自分のアイデンティティは美容師だと考えている。実家が理容店で跡継ぎとして期待されていたが、5年以上寄り付いていない。
若い客も担当するが、シニア層のウケが異常に良い。
記念日の扱いについてトラウマがあり、記念日の話題になると機嫌が悪い。
得意なメニューは白髪染め。
美の追求が生き甲斐。
これまでの店では勤続できなかったが、CUTTYでは勤続3年を超えた。将来は「日陰で生きる人の店」を作り、憩いの場としたいと考えている。
自らの身体を必ず実験台にするため、新しい材料が入荷されると必ず試してみる癖がある。
得意なメニューはヘッドスパと前髪カット。
美容学生。
大人の事情によりカフェ化した側のCUTTYでバイトしている。一度学校を辞めたが諦めきれず、理想の美容師像を探している。
基本的に寡黙であるが、客の対応においては口を開く。
お茶を異常にうまく淹れられる。得意なメニューは「茶~」。隙間時間にはよくカットの練習をしている。
CUTTYの猫スタッフ。年齢不明。
開店10年目、店の前に現れ、飼い主探しのチラシも効果がなく、CUTTYで迎え入れることとなった。
客が来ると駆け寄って出迎えるが、ドアの外に出ていくことはない。
得意なメニューは「肩たたき」「重み」「猫招き」。施術中はじっとその方向を見つめている。
生花店、弁当屋、動物病院、スナックなどがある通りに CUTTYはある。 住民や近くで働く人はドアからチラチラ中を覗き見て、4ヶ月目くらいに来店する。 CUTTYはガラス張りの店ではないからだ。
ドアが開く気配に気づいた きぬが、玄関で手招きしている。
いらっしゃい。中へどうぞ
朝からてんてこ舞い。予約フォームでは無理だからと電話も鳴り続ける。 今週は大学、中学校、小学校と地域の学校の卒業式だからだ。
外の音に気づいて窓を閉めながら、 シオリがつぶやく。 昨日までの陽気に油断した通行人が肩を震わせる。
前々日までだとバタバタしないですよね。カットも、雨降りも
名残惜しく布団だけ残しているこたつに居座るのが きぬの日常であるが、食事の時間を逃すことはない。
後片付けをする店内にアイドリングを始めたしっぽと浮いた前足の影が映り、拭き掃除する マイにも笑みがこぼれる。
フワッと舞うそれを捕まえてふたりは走り出した。
きぬの綿毛~
「ハイ、差し入れね」
タナカは贈り主にぺこぺこと頭を下げながら礼を伝え、キッチンに下がっていった。
1、2…どうにも数が合わない。縁起を気にしてか、いちご大福は7つも入っていたのだ。 サノがお茶を出したとき、差し入れだけ置いて客は既に帰っていた。
困ったなぁ。求肥は上手に切れないや
サノはいつだって着るものには迷わなかった。 気に入ったコーディネートは繰り返すし、モノトーン同士の組み合わせで悩むことは一度としてなかったのだ。
<サノさんへ 新作できました> 無造作におかれたエプロンには、メモが添えられ CUTTYのロゴが入っている。
これは…難易度高いな…
「す!スミマセンギリギリになりました!」
慌てて出勤してくるシオリをマイがたしなめる。 そんなに慌てなくてもいいのに。CUTTYには営業時間があるが、マイは寝坊が常であるため「予約がなければ遅れてOK」というルールになっているのだ。
事故るより遅刻だよ。なんとかなるでしょ
「ずっと黒髪だったので、初めてなんです」
カラーの希望を伝えるその緊張感は、ずっとルールを守ってきたであろうことを確信させた。 黒いのが似合うと言いたくなる気持ちを抑え、タナカは提案し、仕上がった髪にホッとした客はお茶を口に含んで初めて笑った。
光を浴びると赤く艶めきますよ
「緊張していますよ。いつもと立場が逆ですね」
きぬの獣医さんがやってきた。CUTTYの近所で働くようになり、住まいも変えたもののなじみのサロンから変える気になれなかったという。 きぬはまな板の上の鯉となった主治医を心配そうに見つめる。
そのフカフカの椅子、病院より良くない?
テンプレートどおりの言葉をならべ、ひと通りの説明をしてみせる。新米営業担当の飛び込みは、どんな気持ちだろうか。
「このプランですと、CUTTY様の魅力を…」
購入意思がないまま話し続けるのも気が咎めてマイが言った。
私不器用なもので、あなたの気持ちわかります。プリン食べます?
きぬは勝手に外に出ていくことはないが、日当たりの良いところを見つけるのは誰よりも早い。 「世話に慣れない」という理由でCUTTYの花壇は空き家だったが、サノが目をつけて手入れを始めた。
サノの手が往復するのを、きぬが見つめている。
ちょっとここは暖かすぎるね。お花に日傘がいるかも
「本日は花粉の飛散が…」
シオリはニュースの音にため息を漏らしながら鼻をかみ続け、よれたファンデーションを塗りなおしていた。
どう頑張っても真っ赤に腫れた目のまま叫び、入ってきた客は笑いをこらえきれなかった。
光を制する者は美肌を制す!ティッシュを制する者も美肌を制す!
地方都市にあるヘアサロン「CUTTY」
40代半ばの若手オーナー。
30代の男性美容師。
20代後半の女性美容師。
プリンが好きな番猫。